飛越峡合掌ラインは東海と北陸を結ぶ幹線道路で、地域の発展に大きな役割を果たしている。庄川にかかる飛越七橋は土
木工学の粋を結集した構造である。楮橋を除く六橋は岐阜県(飛騨)と富山県(越中)にまたがってかけたものである。こ
れらの橋は七色にぬりわけてあることから「虹のかけ橋」とも愛称されている。
富山県と岐阜県の県境を流れる七つの橋を「飛越七橋」と呼び、虹になぞらえ七色で塗り分けられている。庄川の右岸が
富山県、左岸が岐阜県であるため、橋を渡ると県がかわる。ナビでは橋を渡ると、富山県に入りました。岐阜県に入りま
したと、何回も案内あり。「道の駅・ささら館」前からスタートし庄川上流の岐阜県白川郷インターチェンジまで辿る。途
中の見どころとしては、国指定重要文化財村上家・羽馬家・岩瀬家。県指定文化財流刑小屋。真背戸の滝。赤尾ダム。世
界遺産菅沼合掌造り集落等があります。
虹のかけ橋(飛越七橋)の由来
楮橋・楮地内と西赤尾地内に架けられたもので楮集落の代表地名から命名された。以前には木製の吊橋がかかつていた。
火の川原橋・自動車道路がなかった時代は、木材を川に流して運んだものである。その人達はこの川原を休み場所とし夏
はお茶、冬は暖をとるため絶えず、たき火を燃やしていたりしていた場所であるところから火の川原橋と命名された。
宮川原橋・天正の頃山くずれがあり、お宮とともに御神体が庄川の川原に押し流された。数年がたち、たきぎ取りの老婆
がこの下の川原で木神像を拾ったことから宮川原橋と命名された。小白川橋・楮地内から小白川地内にかけられたもの、
小白川集落の代表地名から命名。昔この箇所には「篭の渡し」があって行来していた。成出橋・成出地内から小白川地内
にかけられたもので、成出集落の代表地名から命名された。飛越橋・飛騨の国と越中の国とにかけられたもので、この頭
文字を取って、飛越橋と命名された。合掌大橋・白川郷、五箇山地方の代表的建築物である切妻合掌造りをかたどって合
掌大橋と命名。橋の中央には飛越合掌ラインの完成記念碑と公園がある。
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