
能登半島は、北陸地方の中央付近から日本海へ北に向けて突き出した半島で、海岸線を主体に広い範囲が能登半島国定公
園に指定されている風光明媚なところ。一般的には半島内を口能登(羽咋市、羽咋郡)、中能登(七尾市、鹿島郡)、奧
能登(輪島市、珠洲市、鳳珠郡)に分類されている。又、富山湾に面した海岸を内浦、日本海に面した海岸を外浦と呼ば
れている。奥能登の風光明媚な外浦の曽々木海岸と内浦の恋路海岸を探勝する。
見附島・弘法大師が布教のために、佐渡から能登へと渡る際に発見したといわれている。最初に「目についた島」という
地名伝承がある。島の周辺に、レストハウス、園地、遊歩道も整備されていて夏には海水浴場やキャンプ場が開設されま
す。島は長さ約150m、幅約50m、標高約30mの無人島。形状が軍艦に似ていることから軍艦島の愛称がある。正
面、右横からも人の顔のようにも見えましたが・・・。
白米の千枚田(国指定名勝)・国道249号線沿い、輪島と曽々木の中間辺りに位置し、小さな田が幾何学模様を描いて海
岸まで続いている。田の枚数は国指定部分で1004枚ある。春から夏には海に沈む夕日が田に映えて美しく絶好の撮影
ポイントとなる。この千枚田を見下ろす所に「道の駅・千枚田ポケットパーク」があります。御陣乗太鼓・石川県指定無
形文化財、輪島市指定無形文化財に指定されている。御陣乗太鼓の発祥の地(輪島市名舟町・世帯数70戸・人口約25
0名)で約20名の打ち手の方が御陣乗太鼓の選手として活動されている。男性的な荒々しい海岸線が続く曽々木海岸。
そのシンボル的な存在として「窓岩」がある。板状の岩の真ん中に直径2mはどの穴が開いている奇岩。奧能登では約5
00年ほど前から受け継がれて来た揚げ浜式製塩が有名ですが、最近能登最大級の塩田がオープンした。輪島製塩を訪ね
る。500年ほど前から奧能登地方に受け継がれて来た揚げ浜式製塩にこだわる雇人(やといど)たちが日夜自然環境に
恵まれた美しい日本海の海水を汲み上げ手間ひま惜しまず黙々と塩造りをされている。こだわりの結晶(輪島塩)は35
0g(1000円)、150g(500円)等が直売されていました。
周辺の見どころ
上時国家(輪島市野町)は、中世以来奥能登地方に強大な勢力を誇った旧家。近世には奥能登にあった幕府領の大庄屋を
務めた。上時国家住宅は、天保2年頃、現在屋敷を移し、主屋をはじめとする諸建物は安政4年頃までに完成したと考え
られる。上時国家住宅は、奥能登における村落支配の拠点となった特権的な家の住居で、主屋は大型の民家が多い北陸地
方にあっても最大級の規模を有しています。
説明表示板・国指定重要文化財時国家(輪島市野町)・時国家の初代は文治元年能登に配流された平大納言時忠です。当
家は十三代当主藤左衛門時保が、二重支配を逃れる為加賀藩領に居を定めた時国家である。近くを流れる町野川の下流側
に位置することから「下時国家」とも呼ばれている。邸宅は昭和38年に国の重要文化財に指定され平成13年には庭園
が国の名勝庭園に指定された。平成15年より17年9月まで半解体修理工事がなされ三百年前の創建当時の姿に修理復
元された。備考・安政4年(1857)天保2年(1831)(文治元年・1185年)
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