2023/06/30
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氷見線は中越鉄道により1900(明治33)年に高岡−伏木間が開業した。この時、能町駅、伏木駅が開業した。1912(明治45)年4月4日に
伏木−島尾間が開業し、雨晴駅、島尾駅が開業した。同年9月19日に城端−氷見間全線が開通し、氷見駅が開業した。
  1916(大正5)年に高岡中学校(現富山県立高岡高校)
高岡工芸学校(現富山県立高岡工芸高校)の学生のみ乗降の駅として中川停留場が開設された
た。1920(大正9)年に国有化され、中川停留場は一般駅に昇格し越中中川駅となった。1953 (昭和28)年7月1日に海水浴客のために越中国
分駅が開業した
1987(昭和62)年4月1日に国鉄が分割民営化されてJR西日本の路線となった。
 昭和40年頃は高岡−能町間が水田地帯を走り、能町−伏木間が工業地帯を走り、伏木−越中国分間が水田地帯越中国分−島尾間が海岸線を走り、
島尾−氷見間は畑の中を走った。現在は沿線は宅地化され、水田は僅かにしか見ることができない。
 駅は、高岡(たかおか)、越中中川(えっちゅうなかがわ)
、能町(のうまち)、伏木(ふしき)越中国分(えっちゅうこくぶ)、雨晴(あまはらし)
島尾(し
まお)、氷見(ひみ)の8駅で営業キロ数は16.5km。  運賃は18.2kmの換算運賃が適用される。

 JR西日本は2020年1月29日、城端線と氷見線のLRT化に向けた検討を始めると発表した。新しい交通体系に転換して乗客の利便性を高め、
路線の活性化を目指す。沿線自治体が求めていた直通化も議論する
完成時期や運営主体は未定で建設財源など課題も多い2020年春にも富山県
や高岡、氷見、砺波、南砺の沿線4市と議論を始め、実現可能性を探る。
 JR西日本は、LRTへの転換で、新型車両導入や駅低床化によるバリアフリー化、運行本数の増加、新駅整備が容易になる、線路や車両の維持管
理コストの削減−などの利点がある。直通化をする場合も、関連工事費を抑えることができるとしている。
 両路線は少子高齢化によって経営環境の悪化が懸念されており、4市が直通化など活性化策を協議してきた。JR西日本が城端線と氷見線のLRT
化を提案した背景には、路線維持への危機感がある。
 2018年度の1日1km当たりの利用者数(平均通過人員)は城端線が2899人、氷見線が2552人。民営化された1987年度と比べて共に4
割ほど減っている。
 城端線・氷見線を巡っては、富山県、JR西日本、沿線市が2022年度末に、今後の活性化に向け、新型鉄道車両を導入する方針を決定。交通系
ICカーへの対応や直通化といったさらなる利便性向上策と合わせ、2023年度に検討会をつくって詳細を話し合うことにしている。
 新田八郎知事は、地域交通の再構築を支援する新たな国の補助メニューを財源として活用する方針を改めて示している。補助要件として、持続可能
な路線を目指す「事業実施計画」の策定と国交相の認定が必要と説明。4月には北陸信越運輸局長に対して協力を求めたと報告した。


 氷見線沿線は人口密度が高く、富山ライトレール同様新駅を造ることにより、集客が見込め収支改善の可能性がある。早期に実現する場合はあいの
風とやま鉄道や富山地方鉄道が運行主体とならないと難しい。JR西日本が利益を生まない路線に、巨額の投資をすることは考えられない。第3セク
ター化を拒否すれば廃線も考慮する必要がある。
  

高岡駅 たかおか  北陸の駅・高岡駅
 氷見線ホームは最も北側の7番線から発着する。折り返し列車は7番線に到着するが入庫回送列車は6番線も使用する。高岡を出発した列車は、し
ばらく駅構内を走った後、左へ大きくカーブして、あいの風とやま鉄道線と別れ、約3分で最初の駅、越中中川に到着する。
 2015年に高岡駅は、あいの風とやま鉄道に移管され、氷見線の乗車券はあいの風とやま鉄道の券売機や窓口で購入する。

   

高岡駅7番ホーム

7番線のキハ40形氷見行き

7番線のキハ40形氷見線終列車
  

越中中川駅 えっちゅうなかがわ  北陸の駅・越中中川駅
 越中中川駅は、高岡高等商業学校の生徒の通学のために作られた駅で、現在では、富山県立高岡高校富山県立高岡工芸高校高岡龍谷高校生徒
が利用する。利用者のほとんどが学割定期の高校生で、利用者は多いがほとんどが高岡からの1区間の利用であり、氷見線の採算性にはあまり寄与し
ていない。
 高岡高等商業学校は戦後、富山大学経済学部に引き継がれたが、校舎は富山大学工学部となった。工学部が富山市五福へ移転後高岡高校の新校舎が
建てられ、高岡高校の旧校舎敷地に高岡市美術館建てられた。かつては高岡向陵高校の生徒も利用したが、駅から遠いためスクールバスに移っている。
定時制の高岡志貴野高校は高岡駅前のウイングウイング高岡へ移転した。高岡古城公園、富山県高岡文化ホール、高岡市美術館が近くにある。


   

ペイントされた駅舎

県道44号線からホーム

発車したキハ40高岡行き
  

能町駅 のうまち  北陸の駅・能町駅
 能町駅は島式ホームの無人駅で
駅舎側ホームが高岡行き反対側が氷見行きになっている。廃止されたコンテナ基地跡が広々と残っている。
 駅の伏木駅側に高岡往来踏切がある。○○往来踏切は江戸時代からの旧道の場合が多く、ここは旧北陸道の放生津街道が通っていた。踏切から西へ
行くと万葉線の新能町駅へ、東へ行くと万葉線の能町口駅を経て、古い町並みが続く吉久地区へ出る。


     

取り残された感じの島式ホーム

到着するキハ40形氷見行き

高岡往来踏切
    

伏木駅 ふしき   北陸の駅・伏木駅
 小矢部川の鉄橋を渡り工場地帯の中を走ると島式ホームの伏木駅に着く。駅前は駅舎以外まったく昔の面影がなくなった。駅前の坂を登ったところ
に雲竜山勝興寺がある。
 勝興寺は12棟の建造物が重要文化財で文化庁主監で1998年から23年かけて修復保存工事が行われ、工事完了後の2022年4月に本堂と大
広間及び式台が国宝に指定された。


   

伏木駅舎

島式ホーム

発車したキハ40形氷見行き
  

越中国分駅 えっちゅうこくぶ  北陸の駅・越中国分駅
 伏木の町並みを走り、町並みが途切れた所に片面ホームの無人駅越中国分がある。ここは氷見線全線開通後、昭和になってできた駅で最初から無人
駅だった。利用者のほとんどが富山県立伏木高校の生徒。国分浜海岸は夏、大勢の若者たちがウインドサーフィンや水上バイクを楽しむが、海水浴に
列車を利用する人はほとんどいない。
 駅の雨晴寄りに温泉施設越乃庭がオープンして、日帰り入浴は600円で宿泊も可能だが、残念ながら天然温泉ではない。越乃庭から越中国分駅の
ホームへの出入り口も新設されている。


    

越中国分駅全景

到着するキハ47形高岡行き

温泉施設越乃庭
  

雨晴駅 あまはらし  北陸の駅・雨晴駅
 ペイントされ昔の面影がすっかりなくなった雨晴駅舎。高岡方面の2番ホームの直ぐ裏が海でテトラポット(波消しブロック)が見える。海に近い駅
のひとつ。雨晴駅近くの海岸は冬晴れの日には大勢のアマチュアカメラマンで賑わい、特に日の出はすばらしい。雨晴を訪れても立山連峰が見られな
い日が多いため、駅前に記念撮影用のパネルが設置されている。
 越中国分駅側に源義経が雨宿りしたと伝えられる雨晴岩や女岩の観光スポットがあるが、雨晴−越中国分間に踏切が無かった、高岡市とJR西日本
は2015年6月に警報機遮断機付きの正式な歩行者専用踏切を設置した。


   

雨晴駅舎

構内踏切

雨晴駅ホーム
  

島尾駅 しまお   北陸の駅・島尾駅
 かつての面影が全くない無人駅となった島尾駅、春には綺麗な花を咲かせる藤棚が唯一残ってる。海水浴シーズンも車を利用する人がほとんどで、
氷見線を利用するのは中学、高校生のグループのみ。交換可能駅だったが、今は片面ホームとなっている。
 駅から西へ約1.5kmの所に国指定史跡の柳田布尾山古墳がある。日本海側最大の前方後方墳で1998年10月に発見されている。


  

島尾駅舎

島尾駅ホーム

発車したキハ40形氷見行き
  

氷見駅 ひみ   北陸の駅・氷見駅
 現在ほとんどの列車が5〜8分の停車で折り返している。以前は氷見駅に列車が到着すると高岡行きの列車が待っていたような気がする。毎年10
月に氷見魚まつりが漁港魚市場周辺で行われる。氷見は「きときと」の魚が味わえる町として全国的に有名。特に寒ブリシーズンの冬季の休日には多
くの観光客が列車で訪れる。
 道の駅
氷見番屋街へは多くの観光客がバスや自家用車で訪れるが氷見駅前からもコミュニティバスが連絡する。駅から西へ約1kmの所に朝日山
公園があり、氷見市街地を一望することができる。桜の名所で開花時には大勢の人が訪れる。公園内の国道160号線沿いに富山県立氷見高校がある。
氷見にはもう1校、有磯高校があったが少子化で氷見高校に統合され、校舎は氷見市役所に転用されている。


  

氷見駅舎

氷見駅ホーム

停車中のキハ40形高岡行き